「平沼」の由来
                                 
山口精一(52期)


1. 校名変更畷動

昭和25年(1950)4月1目、母校は男女共学の実施に伴い「県立横浜第一高女」から変わった「横浜第一女子高校」を「県立横浜平沼高等学校」に改称したが、この時ちょっとした騒動があった。その模様を伊藤与志和先生は次のように証言している。

職員会議では「横浜岡野高校」案が地名に因むということで固まった。しかし「横浜平沼高校」の名称案をもって、臨時生徒総会を開き、これに対抗したのが当時の生徒達、説得のために、こもごも演壇に立った教師側の主張に対し、対抗の論陣を張って、頑として譲らない。結局.新校名案は、生徒側の意向を尊重して「横浜平沼高校」とすることにきまった。(90周年記念誌)


 母校は岡野町に存在する。現在の地番は岡野1-5-8だが、嘗ては岡野町1番地と呼ばれていた。その昔を辿れば橘樹郡保土ヶ谷町岡野新田である。
横浜駅から保土ヶ谷にかけての一帯は、250年ほど別までは「袖ヶ浦」と呼ばれた風光明媚な入江であった。その後埋め立てによる新田開発が進められ岡野新田は、その後期のもので150年ほど前に岡野氏が開発した田圃と塩田であった。そしてその所有者岡野欣之助氏(岡野銀行頭取)から「新田」の一部3000坪の寄付を受けわが母校が建てられたのである。
こうした経緯から見れば教師側の「岡野」という主張はきわめ亡妥当なものといえそうだが、生徒達はそうではなかった。彼女達には「平沼の女学校」『平沼」「H」と呼ばれる通称に深い愛着と誇りとこだわりの歴史があったのだ。


2. 1枚の絵はがき

 ここに1枚の絵はがきがある。「横浜絵はがき」と呼ばれるものである。
日本で私製の絵はがきが認められたのは明治33年(1900)。5年後に日露戦争に勝利したことをきっかけに「絵はがきブーム」が起こった。写真がまだ普及していなっかった当時の風景や風俗を伝える貴重な資料である。
この絵はがきは創立当初の母校の風景である。下段を見ると「平沼高等女学校」の記載がある。これによって明治末期にはすでに「平沼」と呼ぱれていたことがわかる。
さらに「花橘」40周年誌に、5期生の太田未千代さんが次のように記している。
何故さう云はれたものか四十年前此処岡野町に建てられた私達の学校を其頃平沼女学校と呼び倣わされてゐた。尤も今の正門前の通りこそ保土ヶ谷迄績いてゐたが、横は一間以上も土炭岩で横み上げた儘で下はずっと蘆のざわめく沼が廣がってゐたから、同じ頃埋立てられた平沼町と同視されたのかも知れない。
これは貴重な証言である。つまり母校創立(明治33年、1900)からわずか数年しかたっていないのに、すでに「平沼」と呼ばれていたのだ。「岡野」の地にありながら何故「平沼」と呼ばれたのか?


3. 「平沼駅」の開業

 明治34年(1901)奇しくもわが母校が開校した同じ年の10月、現在の相鉄線「平沼橘駅」付近に「平沼駅」が開業した。図でお分かりのように明治5年(1872)新橋〜桜木町間に鉄道が開通し、その後明治20年に国府津まで延長されるが、桜木町からスウイッチバックしていて不便なため保土ヶ谷まで直線で結ばれることになった。そして開設されたのが「平沼駅」である。


『平沼駅」の開業によって「平沼」という町名は広く知られるようになる。「平沼駅」は母校周辺の「ランドマーク」だったのだ。
 こうして「岡野」の町名は「平沼」に飲み込まれ、わが母校は「平沼駅のそばにある女学校」つまり「平沼の女学校」として一般に定着していったのではないかと思われる。
「平沼駅」と「女学校」は生まれた年も同じ双子のような関係にあったといえるのではないか。やがて母校は県下の聡明な女性の集う所となり2才年上の兄「神中」(希望ヶ丘高)と並び称されるようになる。両校の頭文字をとった
 「H」と「J」という略称も旧制中学時代の人々にとっては懐かしい響きを持つにちがいない。「H(平沼)とJ(神中)の間にはI(愛)がある」という微笑ましいジョークも流布されたという。
「誇り」と「愛着」を背景に持つだ「平沼」という通称は前述したように先輩女生徒たちにとってかけがえのないものであったことは想像にかたくない。


4. 岡野の里

 筆者は「平沼』に異を唱えるものではないが、母校が岡野の地にあることを忘れてはならない。最後に明治34年開校以来、大正5年の校歌制定まで歌い継がれてきた「開校式の歌」の二番を紹介して終わりとしたい。


          今回しもひらく   教しへの庭に
          立つ若草の    その妻が根は
          いや生ひしげり  としのはに
          岡野の里の    をかしくも
          おのがさまざま  花咲きいでて
          めでたき実をぞ  むすぶべき



執筆に戻ります