1.はじめに
前回(※)は任意後見制度における任意後見契約書の公正証書についてでしたが、今回は死後事務委任契約書を公正証書にした場合についてご説明します。なお死後事務委任契約書は前回の任意後見契約書の中に含めることも可能ですし、独立した形で契約を結ぶことも可能です。
2.死後事務委任契約とは?
相続が開始されても、すぐに相続人に財産管理や祭祀の承継が行われることは少なく、相続税の申告手続き期間(死亡後10ケ月以内に申告)や遺産分割協議、49日以降や新盆の時期になるまで遺産の管理がうまく行われない場合があります。
そこであらかじめ本人が元気なうちに死亡時における本人の葬儀、債務の弁済、相続財産管理人の選任申し立てを任意後見人との間で契約しておけばトラブルを防ぐことが可能になります。
死後事務委任契約は民法の委任の規定からみると例外的に認められる制度です。すなわち民法の委任はいつでも当事者は解約できますし、当事者の一方が死亡すればそこで委任契約は終了します(民法653条)。したがって本来は死後の事務を目的とする委任契約はできないこととなりますが、委任契約自体は強行規定ではありませんので、一般的には死後事務委任契約は「死後の事務を目的とする委任ないしは準委任契約」と呼ばれています(最高裁判例H4.9.22判決)。
3.死後事務委任契約書における公正証書のパターン
(1)任意後見契約書の中にすでに死後事務委任契約条項が設定されている場合
この場合は任意後見契約書に中に第○条(死後の事務処理に関する委任契約)として葬儀、お墓の管理、債務の弁済等の項目を入れます。死後事務の処理費用として、生前中に本人の財産から費用の額を受け取ることが可能です。また、遺言書の内容と矛盾しないように死後事務委任契約と遺言書の内容が一致するようにしなければなりません。
(2)任意後見契約書の中に死後事務委任契約条項がない場合
この場合は成年後見と同様になります。任意後見には民法654条の「委任の終了による応急処分義務」の範囲内でしか行動できません。したがって任意後見契約書の中に必ず死後事務委任契約も含めておくことが大事です。そうしないと相続人との問でもめる場合があるのです。成年後見は本人が死亡した時点で後見事務は終了しますので任意後見契約書の中に死後事務委任契約条項がない場合は成年後見と同様になり、本人死亡後の財産管理はすべて相続人に引き継がねばなりません。
上記の「委任の終了による応急処分義務」以外に成年後見人には一切の権限はありません。さらに死後事務委任契約条項がない任意後見人も同様です。
(3)相続人が葬儀等、財産の引継を一切拒否した場合の任意後見人の仕事
相続人が葬儀等を一切拒否した場合の成年後見人や死後事務委任契約条項がない場合でも死亡届、遺体の引き取り、葬儀等の最初の問題が生じます。本来は相続人がこれらのことをしなければなりませんが、身寄りのいない場合は墓地埋葬法9条では市区町村長が火葬することになっていますので最終的には遺体の引き取りは市区町村長がすることになります。しかし、死後事務委任契約条項がない任意後見人は戸籍法87条2項により死亡届はできますが、遺体の引き取り、葬儀等は「委任の終了による応急処分義務」に含まれないとされています。したがって、身寄りのいない人や相続人が葬儀等、財産の引継ぎを一切拒否した場合は、本人は実務的には都心部で25万円程度の現金や預金を用意する必要があります。成年後見でも死亡届、遺体の引き取り費用について本人の財産から支出する場合もあるようです。
次に移行型の任意後見契約公正証書の中に死後事務委任契約条項を含めた場合についてご説明します。
4.死後事務委任契約書について
死後事務委任契約条項を含めた場合でも相続人とのトラブルには次のような事柄がありますので注意してください。
(1)葬儀の費用、将来の供養費用
本人の通帳管理や葬儀費用の多寡の問題、葬儀会場の選択問題等がありますのであらかじめ、元気なうちに本人から葬儀の規模、場所等について聞き、親族にも了解してもらうことが必要です。またライフプランノート等に具体的に本人に記入してもらいましょう。場合によっては遺言書に本人の希望事項として残すことも考えられます。
(2)医療費、施設利用費、公租公課等の清算
生前中に相続人が立て替えた医療費、公租公課等をめぐって遺産分割でもめることもありますので領収書等の管理に注意してください。
(3)相続財産の引き渡し
相続財産が現金のみならよいのですが不動産等は分割が困難な場合もあり、相続人の間でもめる場合が多く見受けられますので財産の事務引継ぎは慎重にする必要があります。
5.具体的な【任意後見契約公正証書】の中に死後事務委任契約も含めた公正証書の説明をします
任意後見契約公正証書(移行型)
第1条(契約の趣旨)
甲は、乙に対し、令和○年○月○日、任意後見契約に関する法律に基づき、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における甲の生活、療養看護及び財産の管理及び死後事務に関する事務(以下「後見及び死後事務」という。)を委任し乙はこれを受任する。
【解説】任意後見契約に関する法律が根拠なので、必ず上記の根拠法令を書く必要があります。事理を弁識する能力が不十分な状況とは、いわゆる判断能力が不十分な状況です。また、死後事務も追加します。
第2条(契約の発効)
1.前条の任意後見契約(以下「本任意後見契約」という。)は、任意後見監督人が選任されたときからその効力を生じる。
2.本任意後見契約締結後、甲が精神上の障害により事理を弁職する能力が不十分な状況になり、乙が任意後見契約による後見事務を行うことを適当とする状態に至った時は、乙は、家庭裁判所に対し、任意後見監督人選任の請求をしなければならない。
3.本任意後見契約の効力発生後における甲と乙との間の法律関係については、任意後見契約に関する法律及び本契約に定めるものの他、民法の規定に従う。
【解説】いわゆる移行型の契約発効条件を記載したもので、乙の判断が遅れがちになる場合があるので気を付ける必要があります。.
第3条(後見事務の範囲)
甲は、乙に対し、別紙代理権目録(任意後見契約に関する代理権目録)記載の後見事務(死後事務も含む。以下「本件後見事務」という。)を委任し、その事務処理のための代理権を付与する。
【解説】代理権目録には預貯金証書、生活費の送金等継続的管理事務とその他の事務(死後事務や行政機関に対する申請等)があります。
乙の判断が遅れがちになる場合があるので気を付
ける必要があります。
第4条~第9条(略)※前回の任意後見契約と同様です。
第10条(死後事務委任契約)
甲は乙に対し令和○年○月○日甲の死後の事務(以下「本件死後事務」と言う)を委任し、乙は受忍する。
【解説】死後事務委任契約は通常の「委任の終了による応急処分義務」とする考え方もありますが前記最高裁の考え方と同じく「死後の事務を目的とする委任ないしは準委任契約」と考えるべきです。
第11条(死後委任事務の範囲)
甲は乙に対し、下記の事務を委任し、その事務処理のための代理権を付与する。
(1)死亡届、葬儀、埋葬に関する事務及び将来の供養に関する一切の事務
(2)未受領再建の回収及び未払い債務の支払い
(3)医療費、施設利用費、公租公課等の債務の清算
(4)身辺の整理、年金関係等の各種届出に関する事務一切
(5)相続人への相続財産の引き渡し及び相続財産管理人の申し立て
(6)以上の各業務に関する費用の支払い
【解説】死後委任事務の目的としては相続人に対するスムーズな相続財産の引継ぐことであり、相続人がいない場合は家裁に相続財産管理人の申し立てをしなければなりません。
第12条(死後委任事務の報酬)
乙は死後委任事務の報酬として甲及びその承継人より金○○円の報酬を受けるものとする。
乙は報酬の金額について適切でないと認めたときは甲の生前中または乙の死亡後その承継人と報酬について協議し、これを変更できる。
【解説】死後委任事務の範囲によって報酬の多寡も大きく違ってくる場合もあるので報酬の変更を可能としました。
第13条(死後委任事務の解除)
甲及び乙はいつでも死後委任事務を解除できる。
【解説】民法651条のとおり当事者はいつでも委任契約は解除できるとしています。
第14条(契約の終了)
本任意後見契約は、次の場合に終了する。
(1)甲又は乙が、死亡又は破産手続開始決定を受けたとき
(2)乙が後見開始の審判を受け、又は任意後見人を解任されたとき
(3)甲が任意後見監督人選任後に法定後見(後見・保佐・補助)開始の審判を受けたとき
(4)本任意後見契約が解除されたとき
【解説】契約終了後は法定後見制度に移行すること
になりますが、死後事務委任契約は有効になります。
6.おわりに
次回は家族信託についてです。(※)
※ 真澄会ホームページでは江蔵耕一さん(62期)からの投稿を原文のまま掲載しております。