花橘55号 連載(3)先輩セミナー 枝元なほみさん(70期)料理研究家

先輩セミナー2004
―魅力と特色プラン委員会― 

開催日および講師紹介

① 6月19日(土)
 池田達郎さん(63期)ドキュメンタリー映画監督
② 6月26日(土)
 間瀬勝一さん(60期)横浜市芸術文化振興財団
 エグゼクティブディレクター
③ 7月3日(土)
 枝元なほみさん(70期)料理研究家
④ 7月10日(土)
 神山 明さん(68期)東海大学教養学部芸術学科教授
⑤ 9月11日(土)
 堀 潤さん(93期)NHKアナウンサー


枝元なほみさん(70期、料理研究家)

 今日どうして皆さんがこの講座を選んでくれたのか考えたときに、一つには職業選択のことがあると思うのではじめに自分の話からします。私は本を読むことが好きだったので、文学を勉強しようと思って、大学は文学部に進みました。大学生になってからお芝居を始めて、学生の仲間がみんな就職して、芝居を辞めていく頃に劇団に入りました。ずいぶん他の人とは行動がずれていたようですが、自分のサイクルでは志すことがなかなか見つからなかったから時間が掛かってしまったんだなと思います。劇団に入って感じたことは、多くの研究生たちが挫折をして辞めていくものだなあということでした。理想があって何かを志すことは大切だと思うのですが、理想と違う、自分が思っていることと違うということで挫折して辞めていく人が多かったのではないかと思います。私は理想というもの、これを志すというものがなかったので挫折のしようがなかったのかなとも思います。自分がなぜできないのか、どうすればできるのかということを考えながらやっていたことも挫折しなかった理由だと思います。

 その後劇団は解散して、私も職業を探すことになったのですが、何をしようかと考えて現在の料理の仕事を選択したわけです。料理の学校に通ってプロになるための技術を学んだ経験はありませんでしたが、それまでのいろいろな経験の中で調練されていたことが役に立ったように思います。自分自身が何かを作り上げていくという責任のようなものが自然と身についていたのかなと思います。職業というものは、自分がやっていくことの中で何がおもしろくやっていけるかと考えて選択するものだと思います。何が自分のできることか、何をすれば自分を表現することができるかということを考えて職業を選ぶのだと思います。

 少し話題を変えます。皆さん目をつぶって今何が食べたいか考えてみてください。「何を食べたい?」と聞かれた時に、「何でもいい」と答えてしまう人がいますね。私は、自分が何を食べたいかを言えないのは格好悪いことだと思います。自分が何を食べたいかを言えない人が、これから自分が何をどう考えていくかということを言えるとは思えないからです。自分が何をしていくのか、何をどう考えていくのかということの第一歩として「自分が何を食べたいか」と自分に問いかけてみることは意味があると思います。自分自身の考えを外に向かって出していく第一歩です。皆さんは食べ物に困ったことがないからあまり食べ物について考えないかもしれませんけど、人間は食べることでエネルギーをもらっています。だから、食べ物と真剣に向き合ってもらえたらと思います。現在の日本の食糧自給率を知っていますか?日本は30~40%しかありません。たとえば今戦争が起こって、すべての輸入がストップしたとします。するとすぐに飢餓が訪れることになります。現在農業に新たに従事する人と、新たに医師になる人を比べると、農業に就く人の方が少ないということです。今でも40%しか食糧自給率がないのにさらに農業をする人が減ってしまうのだから、どうしたらよいのかと思ってしまいます。そういった意味でも、食べるということに関して、自分が何を食べたいかを自分に問いかけることで少しでも興味を持って欲しいと思います。

 料理の話に戻ります。料理をするというのは、素材があって、それを水や火の力を借りて食べられるものに変えていくことです。素材の様子が変わっていくのを見ることが料理の仕事をしていて楽しいことです。自分がこれから食べるものを自分で作って関わっていくということが力を与えてくれるように思います。人間は食べなければ死んでしまいます。そして食べるためには食べたいという欲望が必要です。生きていくために食べるものを食べたいという欲求を意識することと身体の欲求に自覚的になることが大切だと思います。自分がどんなものを食べたいかを考えて、それがどんな味かを想像して、それを作ろうと思うわけです。自分で筋道をつけて考えることが必要なのではないかと思います。

 私は、今は料理を伝える仕事をしています。どうして料理を習わなかったのにそれができるかというと、自分でやってきたからできるんだと思います。こうやったら失敗したとか、どうして失敗したのかを考える、こうやったらできるのではないかということを筋道をたてて考えて、やってみるということをしてきました。職業選択でも、こうやりたいこうなりたいという理想を目指すと挫折することがあると思います。どうやったらどうなるかということを考える力を養うことのほうが大切です。頭の中でシミュレーションできるようにすることが、自分が何をしたいのか、将来どんなことを考えていくのか、またどんな職業に就くのかを決めていくための助けになるのではないかと思っています。

【生徒の感想】

 枝元先生は料理の話だけではなく、自分の高校時代の話をしてくれたりして、とてもためになりました。それに、ただ話ししているだけではなく、聞いている人が楽しくなるような話し方なのでとても楽しかったです。
 この先輩セミナーで一番印象に残っているのは、
「肉や魚を食べる時、誰かが牛や魚を殺しているということを想像することが大切。」
 という先生の言葉です。私たちは普段何も考えずに食べ物を食べているけれど、よく考えてみると、その食べ物には、何かを殺してつくったものが入っていることが多いです。だから、食べ物を残すというのは、生き物の命を粗末にすることにつながると思います。私はこの講演を聞いてから、以前より食べ物を残さないように心がけるようになりました。
 もう一つ印象に残っているのは、調理をしている時の先生の姿です。調理をしている時の先生の姿はとても素敵でした。本当に好きなことをしているときの姿は、こんなにも素敵なものなんだなぁと思いました。だから、私も先生のように、本当に好きなことを仕事にしたいと思います。そして素敵な大人になりたいと思います。
2022年02月01日|公開:公開