瀧井敬子さんの日経記事文化欄の記事です。

掲載日 2016.10.15




わかる言葉 瀧井敬子


 南谷修さんに初めてお目にかかったのは、今から10年以上前のことである。私の音楽学研究の成果である森鴎外訳オペラ「オルフェウス」が、東京芸術大学奏楽堂で上演されることが決まった。芸大が社会と手を組む、初めての企画であった。その相談にのっていただいたのである。


 南谷さんは終始にこやかに、わかりやすい言葉を使って広報の大切さなどを話してくださった。私は、緊張して聴いていた。応接室の窓から見えた青葉が、美しかったことを覚えている。


 当時、芸大学長は日本画家の平山郁夫先生、南谷さんは鹿島の副社長であった。お2人の助言を受けつつ、私は公演に挑んでいったのである。


 南谷さんにはファンが多い。ジャンルは関係なし。私も氏を敬愛する1人である。


 南谷さんを囲む会では、いつも話題が尽きない。しかし、暗黙の禁止事項がある。お互い、専門用語を使わないようにすること。氏曰(いわ)く、小学6年生にもわかる言葉を話す人が本物の知識人、本物の専門家である、と。


 2017年は夏目漱石生誕150年。再び、私は自分の研究成果となる公演に挑む。「夢は諦めた時には、夢でしかない。挑戦を止めた時は、失敗でしかない」。この言葉も、南谷さんからいただいた贈り物である。(たきい・けいこ=音楽学者)